スペイン・アンダルシア旅行記 ヘレス・デ・ラ・フロンテラ!
Posted by イガ at 13:133月13日(月) セビージャ(Sevilla) (晴れ) ヘレス(Jerez) (晴れ)
ぁr
03:45 目が覚めた。まだまだまだまだまだ時差ボケ。
07:00 起床。朝食にパン1個、シャワーを浴びて支度をする。
08:45 チェック・アウト。30.00ユーロをカードで支払う。
09:00 メネンデス・ペラジョ通り(Calle Menéndez Pelayo)でタクシーを拾い、国鉄セビージャ・サンタ・フスタ駅へ。目指すはヘレス・デ・ラ・フロンテラだ!
09:10 セビージャ・サンタ・フスタ(Santa Justa de Sevilla)駅へ到着。4.80ユーロ。
09:20 窓口でヘレス行きのチケットを購入。6.25ユーロ。だんだん移動も板についてきた感じ。
10:00 セビージャ・サンタ・フスタ駅を出発。

11:05 ヘレス・デ・ラ・フロンテラ(Jerez de la Frontera)駅へ到着!ついに来ましたヘレス・デ・ラ・フロンテラ!この旅の中心となる街だ。

powered by 地図Z
11:10 タクシーでホテル・サン・アンドレス(Hotel San Andres)へ。2.90ユーロ。以前この宿だったので来てみた。
11:25 オスタルの方(ホテルより安い方)の部屋に決める。4泊にした。1泊22ユーロとのこと、安いね。
11:45 ヘレスのセントロ(中心街)へ出発。

11:50 まずアルコス通り(Calle Arcos)で目に付いたバルへ。ヘレ(シェリー酒)はヘレ(ヘレス)で飲もうと思ってセビージャでは飲まなかった。ところでセビージャのバルでは「マンサニージャ(Manzanilla)」とだけいったらマンサニージャが出されたのを見て、このバルでマンサニージャを頼んだらマンサニージャ・ティーが出てきた、ははは。「通」ぶってもだめですな。マンサニージャ・ティー、スペイン・オムレツ(Tortilla Español)で2.50ユーロ。
12:40 少しうろついて市場横のバル・ラ・ベガへ。ここでは素直に「ビノ・デ・ヘレ(Vino de Jerez)」と頼んだらティオ・ペペ(Tío Pepe)のフィノ(Fino)が出てきた。やはりヘレはヘレで飲むに限るね、とご満悦。横で牛肉の煮込みを食べている人がいたのでカウンターの中のカマレロに料理の名を聞いたら「カルネ・エン・サルサ(Carne en Salsa)」だという。同じものを頼んだ、美味い!ヘレと牛煮込みで3.20ユーロ。
13:00 宿へ。
14:00 シエスタ。
16:00 起床。
16:15 インフォメーションへ向けて出発。途中ビジャマルタ劇場(Teatro Villamarta)で公演の予定を見た。まぁ、ヘレス・フェスティバルが終わったばかり(11日の土曜が最終日)なのでフラメンコのプログラムが無いのは確認するまでもない。ところで10日の金曜日はここでアントニオ・エル・ピパ(Antonio el Pipa)が踊ったんだよね。見たかったなー、生ピパ。日程の都合で実現できませんでした、あーあ。

16:30 目抜き通りであるラルガ通り(Calle Larga)のインフォメーションへ到着。今回教えてもらったのはペーニャ・フェルナンド・テレモート(Peña Fernando Terremoto)の場所だけ。他の行きたい場所は地図で確認できていたからだ。どうやらペーニャ・フェルナンド・テレモートは国鉄駅の反対側の新市街にあるらしかった。
16:45 歩いてサンティアゴ(Santiago)地区へ。「ここがあのサンティアゴ地区か、とうとうやって来たな」と実に、本当に感慨深かった。カンテ・フラメンコの本場である。多くの唄い手がたちが昔も今もここで暮らしている。歩いているだけでワクワクしたよ。サンティアゴ教会とサンティアゴ広場の像(ソルデーラ(Manuel Soto "Sordera")、ティオ・ホセ・デ・パウラ(Tío José de Paula))を写真に収める。そしてメルセー通り(Calle Merced)を進んでメルセー教会へ向かった。ホセ・メルセー(José Mercé)という芸名は彼がこの教会で小さいころ聖歌の合唱隊にいたことから由来しているらしい。うーん、ホセ・メルセーがここでねー、うーん。(ミーハー)








メルセー通りをサンティアゴ教会に引き返すときに、ペーニャ・ティオ・ホセ・デ・パウラ(Peña Tío José de Paula)を見つけた。もちろん入り口は閉まっていたので写真だけパチリ。そしてこの通りで犬の散歩に出かける男性にバル・アルコ・デ・サンティアゴ(Bar Arco de Santiago)の場所を聞いたら、近いから一緒に行こうと言ってくれた。バル・アルコ・デ・サンティアゴはサンティアゴ地区のフラメンコ・アーティストが集まる地元のバルなのだ。雑談しながら歩いてサンティアゴ教会の横を通るときに「ここもタブラオだよ」とラ・タベルナ・フラメンカ(La Taberna Flamenca)を指差す。へー、と思ってたら「ここだよ」ともう着いてしまった。なんだサンティアゴ教会のすぐ近くだ。でもバル・アルコ・デ・サンティアゴは閉まってました、がっくし。彼は「残念でした、じゃねー」と犬と去って行きました。彼はサンティアゴのナイス・ガイでしたよ。バルの向かいのサンボ(Zambo)の魚屋さんも閉まってました。ま、夕方なのでこっちは予想どおりかな。





17:30 サンティアゴ広場にタクシー乗り場があって、客待ちのタクシーがちょうど一台いた。このままタクシーでペーニャ・フェルナンド・テレモートへ行くことにした。運転手のおじさんに告げると「え、行くの?今は閉まってるよ。本当に行くの?テレモートが好きなの?」と。閉まってるのは知ってたけどもちろん行きました。
17:45 ペーニャ・フェルナンド・テレモートへ到着。新市街の一角の普通の建物だった。写真を撮るだけなのでタクシーはそのまま待ってもらうことにした。入り口の左横にタイル造りの表札、上にはテレモートのオブジェが配されていた。建物のまわりを歩いてみたが、ペーニャはもちろん閉まっていた。横が庭になっていて銅像があるのかな、と思ったら無かった、おっかしいなー。



今日の目的は達したのでタクシーに戻り、宿へ帰ることにする。運転手のおじさんはパコ・デ・ルシア(Paco de Lucía)のセクステットをガンガンにかけていた。以下は彼とのやり取り。
おじさん「パコは好きか?」
イガ「好きだよ。日本でもとても人気があるよ。」
おじさん「モライート・チーコ(Moraito)はどうだ?」
イガ「もちろん彼も人気だよ。息子のディエゴもね。」
おじさん「そうか!オレはモライートと親戚なんだぞ。」
イガ「ハ?親戚?」
おじさん「そうだぞ。オレはモライートとはクニャードなんだぞ。」
イガ「クニャード?何ですかそれは?」
おじさん「クニャードとはオマエの姉貴とオレが結婚することだぞ。」
というわけで彼はモライートの義理のお兄さんに当たるらしかった。へー、すごいねサンティアゴは。その後もパコ・デ・ルシアがガンガンに流れて、彼はノリノリでとても機嫌が良さそうでした。タクシー代8.50ユーロ。
18:00 ラルガ通りの終点にあるバル。テラサでビールとパンに鰯がのったのとサーモンがのったのを頼んで日記をつける。6.20ユーロ。
19:45 市場通りドニャ・ブランカ(Calle Doña Blanca)にあるパン屋ラ・ミラグロサ。朝食用に袋詰めのパンを2つ買う4.15ユーロ。
19:50 同じ通りのバル・ラ・ベガ。ヘレ、サルピコン(Salpicón)のタパで3.20ユーロ。
20:10 宿へ。洗濯。
22:30 就寝。
良かったらこんな記事もどうぞ
シェリー ラ・ギータ/マンサニージャ
シェリー ラ・ヒターナ/マンサニージャ
シェリー ガスパール・フロリド/マンサニージャ
シェリー ティオ・ペペ/フィノ
カンテ・フラメンコ動画 ソレア/ホセ・メルセー
フラメンコ・ギター動画 ブレリア/パコ・デ・ルシア
フラメンコ・ギター動画 ブレリア、ソレア/モライート






















